こんなに遊んでばかりいていいのかなぁ、と、ぼんやり思いながら、1日中あそんでいる。だって、ほかに、することないし。お金もない。生きてても良いことはない。でも、面倒くさいしさ。

 昔よりおとなになった気でいるけど、なんも変わってなくて、楽しいことだけやってたい。ぼくは、書くこととか、整理すること、まとめることが趣味だから、ゲームで遊ぶ時は、ただプレイするだけじゃなくて、そこからデータを集めたり、記録を作ったりして遊ぶ。

 やるべきこと他にあるでしょっ、て言われましても、そんなことなさそうに思う。実家にいると。実家にはいつ帰っても同じ時が流れている、今のところは。猫がいるし、テレビがあって、毎日ニュースが流れてる。母さんは毎日パソコンで同じ仕事をし、毎晩一緒にスプラトゥーンをする。いつかえっても、同じ愚痴を聞く。

 起きる。料理をする。トイレに行く。皿と風呂と身体を洗う。洗濯機を回す。お湯を沸かす、お茶を飲む。カーテンを引く。ポテトチップスの袋を開ける。缶チューハイのプルタブを起こす。歯を磨く。眠る。

 ストーブが暖める明るい部屋を、呪いと憂鬱が満たしている。

 大きなものを望んだ先にあるのは、自分の手の中にあるものを大切にしなかったことへの後悔と不幸だ。ただ幸福に生きて死ぬことと違って、不幸はそれなりに甘いものだから、欲しくなることもある。

 疲れていく。

 じんせい、という漠然としたものが広がっている。別に、何も望んではないことに気づく。いや、本当にね。それって薄情なのかも知れない、冷たいのかもしれない。でも、別に、今となってはなにもかも、「仕方がない」ことだと分かっている。

 別に誰のことも邪魔したくはないし、何が何でもと暴れたいような気持ちもない。笑うことがそんなに難しいわけでもない。昔とは違うのかも知れない。

 いずれにしても、憎しみは氷解している。

 ぼくはこれ以上何も望んでいない。なにもかもがこのまま終わるとしても、ぼくはゆるやかに手放すことができるのかもしれない、と思う。

By 竹環

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