僕たちは、実際には一人ではなく、兄妹二人で生きていた。僕は本当に彼女の兄なのだろうかと疑問に思うことは今でもあるが、彼女が僕を兄さんと呼ぶのだからきっと、彼女は僕の妹で、僕は、彼女の兄なのだろう。
 妹の事は、誰よりも大切だった。
 僕が出会ってきた人の誰よりも優しく、そして繊細で臆病だ。彼女自身は、それはただすべて臆病にすぎないと思っているようだが、僕はそうではないと思う。そこには確かに優しさがある。誰よりも、優しい子だ。
 いつも他人を傷つけるくらいなら、自分を傷つけようとする子だった。
 実際、妹の身体は傷だらけだ。痛みを、少しは分け合うことはできても、傷痕までは、背負ってあげられない。人前では傷を隠したがるから、できるだけ、目立つような場所には傷をつけないよう、導いてあげることが、精一杯だった。
 兄として、僕はなにができるのだろう。
 僕を兄さんと呼んでくれる彼女に、なにがしてあげられるだろうか?

 この前――何か思考が縺れて、混乱し、泣いている妹が、手首を切りたがっていた時、僕は止めた。手首に傷をつけると、あとで困ってしまうだろうと思っていた。今以上に、着たい服も、着れなくなってしまうだろうから。だからその手をそっとつかんだ。
 その時彼女は泣きながら僕に訊いた――「なんで兄さんは、私が生きていていいと思うの?」。
 理由なんか、正直に言えばなかった。僕にとって彼女は、大切な存在だった。何があっても。兄として妹を大切に思う感情に理由なんかなかった。だから、生きてちゃいけないなんてことはない。
 でも彼女は、無条件の愛情というものを嫌っていた。そんなものは信じられない、そんなことあるわけがない。無条件に愛されることなんてありえない、と。
 僕たちには理由が必要だった。
 だいぶ前のことで、その時僕は何と答えたか、忘れてしまった。

 僕は妹の代わりに、いろいろなことをよくやっていた。主には人と話すとか、外の世界とかかわるような事だ。
 僕は妹を守ってあげたかった。どうしようもないほどに優しい彼女の臆病さは、過剰すぎて、時には人を傷つけてしまうことすらあった。そういう時に一番、彼女は傷つく。ここ数年は、もう外には出たくない、誰にも会いたくないと、閉じこもるようになってしまった。兄さんがいればいいと、言って。
 でもそれでいいのか、僕は時々わからなくなる。
 僕が彼女を、縛っているのではないか。
 閉じ込めて、蓋をして。もう傷ついてほしくない、そう思う一心で、でも、それは妹のためになるのだろうか。
 僕はもうわからない。
 でも、妹は時々、僕を呼んで泣く。僕がいなくなるのが不安だと。独りにしないでくれと。この子を置いてどこへ行ける? この子を一人置き去りにしてどこへ行けるっていうんだ。
 ずっと一緒だ。手を繋ぎ、頭を撫でてそう約束して、妹はようやく泣き止んで、安心して眠りにつく。その後で僕は暗い天井を眺め、眠れない夜を過ごす。
 僕にはもう分からない。
 ただその腕や脚の傷を撫でてやることしか、いつもできなかった。

 もしかしたらすべては、僕のせいなのかもしれないと、そう思いながら……。

By 竹環

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